「陥凹型早期胃癌の透視観察ポイント」―胃X線検査 読影の補助の推進―
                            船員保険北海道健康管理センター 高橋伸之


【はじめに】

 2010年4月に厚生労働省医政局より、「診療放射線技師は、画像診断において、読影の補助を
行うこと」という通達が都道府県にだされた。胃X線検査においては、それ以前より、すでに透
視観察・追加撮影・撮影レポートを実施している施設が大半を占めていたはずだが、このことを
読影医や施設、行政が認め、また頼りにもしている証であろう。今後ますますその期待は大きく
なることと思われるが、我々もその期待に応えるべく、研鑚を重ね、診療放射線技師の実力を高
めることが、必要不可欠である。今回は、特に、検査中に病変を拾い上げることこそ、読影の補
助の中で、最も重要な役割と考えており、私の思うところを述べさせていただく。

【透視観察ポイント】

 私の考える透視観察ポイントは、以下の6項目である。

   1.     辺縁異常
   2. バリウムのはじき
  
3. ヒダの変化
  
4. 歪な陥凹
   5. 領域を持つ粘膜模様の変化
  
  前LP型癌拾い上げを睨んだ・・・
  
6. 小さなニッシェ、である.

これらの所見について、症例を提示し、解説する。

1.            辺縁異常

     
       Fig1           Fig2
 (Fig1)は、基準撮影法における背臥位二重造影正面位の画像である。この画像は、撮影順序1枚目であり
、検査序盤ということから、他の画像よりも、蠕動や十二指腸へのバリウム・空気の流出が少なく、辺縁
をチェックしやすいタイミングである。この画像では、体部大彎(枠ギリギリ)に見られる辺縁異常(二
重線)が指摘できる。実際の検査においても、同部位を気にして、この部位が正面視できるように、左側
臥位にて、追加撮影を行った(
Fig2)。ご覧のように、歪な形の陥凹と周辺隆起が認められるが、隆起は陥
凹との幅や隆起の形に均一性がなく、陥凹の形状と合わせ悪性を強く疑う病変である。(結果:早期胃癌)
2.バリウムのはじき
   
     
      Fig3       Fig4        Fig5
(Fig3)は、背臥位二重造影第一斜位像であるが、異常は指摘しにくい。ここにバリウムを適量流してみると
、バリウムをはじく所見があることに気付く(
Fig4)。その部位を意識して、体位変換し、造影効果を上げ
撮影したのが、
(Fig5)であり、この画像では、陥凹と周辺隆起が認められるが、陥凹の形が歪。境界は、ギ
ザギザとして、悪性を強く疑わせる。(結果:早期胃癌)
 
3.ヒダの異常 
 
     
 Fig6            Fig7
 ヒダの異常と言った場合、チェックポイントは複数あるが、透視観察では主に、ヒダ先の異常やヒダの走
行異常が、捉えやすい。
(Fig6)を見ると、通常口側から肛門側へ走行する体部のヒダの中に、小彎から大彎へ
向けて走るヒダが、はっきり確認できる。このヒダ先に注目し、追加撮影をしたのが、
(Fig7)である。この
画像を見ると、ヒダの先に陥凹があり、この陥凹に向かって、周囲のヒダが集中している。さらに、そのヒダ先の所見は、一様ではなく、陥凹境界で、削れているもの。陥凹境界付近で細まり、歪に途切れているも
の。など、良性潰瘍瘢痕によく見られる丸みを帯びたなだらかな収束とは、かけ離れた所見が認められる。
強く癌を疑わせる所見である。(結果:早期胃癌)

 4.歪な陥凹
歪な陥凹とは、何を指しているかというと陥凹の形・面・境界が、良性潰瘍とかけ離れていることである
(Fig8)は、当施設の任意撮影であるが、立位二重造影正面位やや前傾の画像である。見づらいが、画面中
央に星型の陥凹が認められる。しかし、背景を見ると、かなり付着ムラがあり、正しく病変を描出してい
るのか信頼度に欠ける。再現性及び確かな所見を得るために、造影効果を高めつつ数回追加撮影をおこな
った
(Fig9)。この追加撮影から、異常所見を確信し、歪な形の陥凹ということで、癌を強く疑い精密検査と
なった。(結果:早期胃癌)
   
 Fig8          Fig9

 5.領域を持つ粘膜模様の変化
 癌は、粘膜に発生し、ある領域を持つのが特徴なので、これは理にかなった注目すべき所見ではあるが
、胃炎との鑑別が難しい。
     
Fig10          Fig11
(Fig10)は、胃体部に椎体約2個分の大きさで、周囲の粘膜模様と明らかに違う領域が認められる。(Fig11)
の通り、早期胃癌であった。
       
 Fig12 Fig13 Fig14  
(Fig12)は、同様に「領域を持つ粘膜模様の変化」があると判断し、癌を強く疑ったが、結果は胃炎であ
った。1年後
(Fig13)2年後(Fig14)と、要精密検査判定であったが、結果は、胃炎であった。同様の症
例として、
(Fig15)は、癌を強く疑ったが、結果は、胃炎であった。1年後(Fig16)、2年後(Fig17)とも精
密検査にて胃炎の結果であった。
 
       
 Fig15  Fig16       Fig17
 これは、「領域を持つ粘膜模様の変化」だけに当てはまることではなく、必ず例外は存在する。しか
し、高率で癌を拾い上げているのも、事実であるので、透視観察のチェックポイントとしては、妥当
であると考えている。また、造影剤の付着を良好にし、境界の所見を明瞭に描出することで、見極め
ができるという意見を聞くことがあるので、造影効果を高める必要があると考える。
 
6.小さなニッシェ
     
       
     Fig18      Fig19      Fig20  
(Fig18)は、背臥位二重造影正面位であるが、体部に小さなバリウムの溜まり(ニッシェ)がある。再現
性を確認するため、追加撮影をおこなった
(Fig19)ところ、同様の所見を認めた
     
Fig21           Fig22
その後、更に追加撮影したところ、バリウムの溜まりは、単発ではなく、2つ並んであることがわかる
(Fig20)
。通常の良性潰瘍の典型ではない。比べると大彎側のほうが、バリウムが濃く溜まり、深さが一
様でないように思える。また、形も、円形・類円形と言った良性潰瘍の典型とは、かけ離れがある。少
し撮影時期が、ズレているためか、内視鏡像
(Fig21)では、陥凹の周囲が、盛り上がっている。範囲を示
すことができないが、癌の範囲は、粘膜下にて側方浸潤し、想定よりはるかに広い領域に及んだ。最深
部は、漿膜下まで、達していた。ただ、StageⅡAと、予後については、期待のできる結果ではあ
った。前LP型胃癌の症例と思われる。尚、
LP型胃癌を早い段階で、拾い上げることを狙いとするな
らば、
F線内の小さなニッシェが、ターゲットとなる。 

以上、私が考える透視観察のポイントを紹介したが、症例は、すべて陥凹型早期胃癌及び類似進行癌で
ある。ポイントの中では、はじき像も含まれていたが、バリウムがはじくということでは、隆起所見を
示しているはずだが、この場合の隆起は、癌があるためにできる反応性の過形成などである。陥凹型早
期胃癌が伴うはじき像を説明すると、主に、
 
     
 Fig23          Fig24
 陥凹内の顆粒状陰影(Fig23)と陥凹周囲の反応性隆起(Fig24)の2種類がある。どちらにしても、適度な
バリウムの流れを透視観察することで、発見しやすい所見であるので、これを手がかりに、癌を発見
していただくことを期待する

【所見の整理】

透視観察のポイントとして、紹介した所見を改めて、列記すると

1.辺縁異常、2. バリウムのはじき、3. ヒダの変化、4. 歪な陥凹、5. 領域を持つ粘膜模様の
変化、そして、前LP型癌拾い上げを睨んだ
6. F線内の小さなニッシェ、 

以上、6項目であるが、「バリウムのはじき」には、大別すると、主に2つに分かれる。また、「歪な
陥凹」「領域を持つ粘膜模様の変化」「小さなニッシェ」は、度合いの差はあるが、バリウムが、周り
より溜まっているということをご理解いただけたであろうか。

であれば、

1.辺縁異常

2.            バリウムはじき像

  1).陥凹内のはじき像

  2).陥凹周囲のはじき像

3.            ヒダの異常

4.        バリウムの溜まり像

   1).歪な陥凹

   2).領域を持つ模様の変化

   3).F線内の小さなニッシェ

という分け方が妥当であろう。回りくどい説明であったが、バリウムのはじき像及び溜まり像と一まと
めに表現しても、その中に、多様な所見が含まれていることをご理解いただきたいと考えたからである

尚、これらの所見の中で、辺縁異常・ヒダの異常・領域を持つ模様の変化などは、静止像のほうが、チ
ェックしやすい場合がある。その場合は、デジタル装置であれば、無駄な透視を出さずに、撮影像にて
チェックしていただきたい。

一方で、歪な陥凹というのは、良性潰瘍とのかけ離れを示し、良性潰瘍であれば、形は、類円形。辺縁
は、なだらか。陥凹面は、無構造。が典型で、全体に、均一性、整然という印象を持つ。これらとかけ
離れていれば、より強く悪性を疑うことになるのだが、陥凹と言っても、早期胃癌の場合、非常に浅く
、造影効果の良し悪し、壁面の微妙な角度の違い、漂うバリウムの厚さなど、様々な条件の組み合わせ
により、所見を捉えることが、できるかどうか非常に難しい症例か多々あると実感している。それらの
場合は、やはり、集中力を伴った透視観察が拾い上げの大きな力となる。(動画であれば、その辺のこ
とを紹介できるのだが、紙面ということで、お許しいただきたい。)

 【おわりに】

 胃癌には、陥凹型の他に、隆起型の胃癌もあるのだが、隆起型は、バリウムをしっかりはじくという
ことでは、早期にチェックがしやすい。また、その大部分が分化型癌であるため、内視鏡治療になるケ
ースが多く、透視観察ポイントについては、陥凹型に比べ、それほど難しいことはないと思われる。一
方、陥凹型の中には、微細な変化しか表現されないものが、少なくない。そのため、認識した以上に範
囲が広いもの。深部に浸潤しているもの。を経験する。そして、深部への浸潤する期間が短く、微細な
変化を見逃した翌年には、様相ががらりと変化し、明らかな進行癌になり、深く反省させられたことも
、一度や二度ではない。以上の理由から、陥凹型早期胃癌をターゲットにしたものを紹介した。我々を
信頼して、毎年、受診してくださる受診者の皆様方とそのご家族のため、最善を尽くして、検査に、望
んでいただくことを切望する。

 【資料提供】

  萩原 武(北海道厚生連 札幌厚生病院第一消化器科医師)